ゴンドリンの陥落/The Fall of Gondolin 2b

『没案草稿集その2/The Book of Lost Tales 2』
〈中つ国〉執筆史、第二巻/The History of Middle-earth, Book 2 より

 
 

 
 

高家 訳語 表記ブレ 宗主
House of the White Wing “白翼”家 “翼”家 トゥオル/Tuor
House of the Mole “鼴”家   ゴンドバル大公メグリン/Meglin, Prince of Gondobar
House of the Swallow “燕”家   ドゥイリン公/Lord Duilin
House of the Heavenly Arch “天弧”家 “弧”家、“虹”家 族長エガルモス/Chieftain Egalmoth
House of the Pillar “柱”家   ペンロド/Penlod
House of the Tower of Snow “雪の塔”家   ペンロド/Penlod
House of the Tree “木”家   ガルドル公/Lord Galdor
House of the Golden Flower “金華”家   首長グロルフィンデル/Chief Glorfindel
House of the Fountain “噴水”家 “南の噴水”家 エクセリオン公/Lord Ecthelion
House of the Harp “竪琴”家   指導者サルガント/Leader Salgant
House of the Hammer of Wrath “怒りの鎚”家 “鎚”家 指導者ログ/Leader Rog

 
 

 
 

99

 今や戦いは正門に迫ろうとしていた。城壁にいた“燕”家のドゥイリンはアモン・グワレスの麓からバルログが放った火の矢に襲われた;彼は胸壁から転落して死んだ。さらにバルログたちは空に向けて小蛇のような火の投げ矢と炎の矢を放ち続け、それらはゴンドリンの屋根と庭園に降り注ぎ、すべての樹木は焦げ、花や芝生は焼かれ、白き壁と列柱は煤けた;それらよりも悪いことは悪鬼の群れが“鉄の蛇”のとぐろをよじ登り、弓や投石器を用いて間断なく火を降らせ、防衛軍の背後の都を焼き始めたことだった。

100

 その時ログが大音声で呼ばわった:「今このような時、バルログの恐怖を恐れるべきだろうか? 我らはかの忌まわしき者どもがノルドリの子らを苦しめてきた姿を見てきた。そして今、やつらの放つ火は我らの背後を焼いている。我ら“怒りの鎚”家に続け、やつらめに悪行の報いを食らわせてやろう!」そこで彼はその鎚矛を掲げた。その柄は長かった;そして彼は崩壊した門に向けて怒りを持って歩きだした:“火花散る金床”の民が楔となって背後を固めた。彼らは憤怒のあまり、激しい眼光を散らしていた。ノルドリは歌った。そして進んだ。オークの大多数はその眼光にひるみ、算を乱した;ログの郎党は大蛇のとぐろに飛び乗ると、一様に鋼の鉤爪と鞭を持った巨躯のバルログに肉迫し、激しく打ち据えた。彼らは敵がいなくなるまで打ち据えた。またその鞭を奪い取り相手に対して振るった。それらはかつてノームを引き裂くために使われたが、今では彼らが引き裂かれていた。そこで死んだバルログの数はメルコ軍にとって驚愕であり恐怖だった。その日まではバルログのいずれもエルフや人間の手によって殺されたことが無かったからだ。

101

 そこで大バルログのゴスモグは配下の悪鬼を呼び集めて命じた:“鎚”家の民の前面に少数を送り込み、門に近い竜のとぐろの上に陣取る主力を側面から強襲させたのだ。ログは民を虐殺から救うため退路を確保しようとした。ログは背後を突かれないように奮戦したが、彼の民は徐々に攻囲の前に倒れて行った;そして彼らの戦線は崩壊した。苦難に陥った彼らの絶体絶命の雄叫びがトゥムラデンの空に響いた。“鎚”家の人々は取り囲むメルコ軍に楔を打ち込み混乱を誘ったが、最終的にはオークとバルログ、そして火竜によって圧倒された。ログは殺される瞬間まで鉄と炎に抗い続けた。“怒りの鎚”家の郎党は彼らが倒されるまで七倍の敵の命を奪ったことは今でも歌われている。ログの死と彼の軍勢の敗北はゴンドリンの民により強い恐怖をもたらした。そのため他の者は都に向けて踵を返した。そのためペンロドは外壁に追い詰められ、彼と“柱”家の郎党の多くと“雪の塔”家の郎党の多くが路地で討ち死にした。

102

 今やメルコのゴブリンがすべての門と主要な外壁を支配しており、“燕”家と“虹”家の郎党の運命は極まりつつあった;しかし都の中枢である宮殿前庭に隣接する“井戸の広場”を含む広範な地域は奪われていなかった。それでも門の周囲とそこに至る道には数えきれないほどの遺体が積み上げられていたので、彼らは足を止めて現状を確認した。ゴンドリンの民は勇猛ではあったが、彼らは防衛陣が許容範囲を大きく超えて喪失されたことを知った。彼らはログがバルログに対して行った虐殺すら怯えていた。なぜなら、かの悪鬼たちが復讐心に心を燃やしているかもしれないからだ。

103

 先鋒の計画は、まずは橋頭堡を築き、そこに“青銅の蛇”と敵を踏みにじるための足を備えた“鉄の蛇”の来援を待ち、最後にバルログを乗せた火竜に破孔をくぐらせるというものだった:火竜の持つ熱は永遠に続くわけではなく、メルコが領土に築いた“火の井戸”からのみ補充されるため、彼らはこれを迅速に達成しなくてはならなかった。

104

 彼らの軍の伝令が足早に行き来していると、ゴンドリンの民の中から甘い音楽の演奏が流れてきた。彼らはそれが何を意味するのかを訝しんだ;すると、見よ! 塔の高みより緒戦の趨勢を見極めていたトゥルゴンの命令一下、温存されていたエクセリオンと“噴水”家の郎党が出陣したのだ。彼らは素晴らしきフルートの演奏に合わせて進軍し、水晶と銀の装いの行軍は火の赤と廃墟の黒の中で極めて美しく見えた。

105

 不意に音楽が止み、“妙なる声”のエクセリオンが剣を引き抜くと雄叫びを上げた。その煌めく青白い刃を見たオークたちの脳裏にはその猛攻が浮かんだ。その日エクセリオンの民はエルダリー種族が戦ったすべての戦い以上にゴブリンを殺した。彼の名とエルダルの鬨の声は、後々に至るまで彼らの間に恐怖を呼び起こした。

106

 ここでトゥオルと“翼”家の郎党がエクセリオンと“噴水”家の側面に陣を敷き、両家の猛攻は多くの陣を突き崩してオークを門まで押し戻した。その時地面に激震が走った。アモン・グワレスの傾斜路を登り切った竜が都の外壁を打ち崩したのだ;監視塔群は瓦礫と化し、破孔周辺は混乱に包まれた。“燕”家と“天弧”家の勢力は瓦礫の中に陣取ると、東西の敵と戦った;そこにトゥオルがオークを追いこんだところ、厚顔無恥な蛇が巨体を打ち付けて西壁を崩壊させた。そこを火の化け物とバルログが襲った。長虫の顎から噴き出した炎の突風が民を一掃し、トゥオルの兜の翼も煤けた。しかし彼は持ち堪えると、見つけられるだけの郎党と、“弧”家、“燕”家の郎党を結集させた。彼の右翼ではエクセリオンが“南の噴水”家の郎党を集結させていた。

107

 オークは竜の到来で気を取り直すと、破孔から侵入したバルログと入り混じって突進してきた。彼らの猛攻はゴンドリンの民に多大な被害を出した。しかしトゥオルはオーク将軍のオスロドの兜を叩き割り、バルクメグを滅多切りにし、ラグの膝から下を斧で斬り飛ばした。エクセリオンは一振りで2体のゴブリン隊長を薙ぎ払うと、族長闘士であるオルコバルを頭から歯まで斬り下げた;2人はあまりにも強かったため、やがてバルログがやってきた。それら“力強き悪鬼”をエクセリオンは3体斃した。彼の剣の輝きは彼らの鉄を断ち、彼らの火を裂き、彼らを悶え苦しませたからだ;しかし彼らが最も恐れたのはトゥオルの握る斧ドラムボルレグの冴えだった。それは空舞う鷲の翼のように歌い、振り落ろされるたびに死を生み出し、5体が斃れた。

108

 しかし多勢に無勢であり、エクセリオンの左腕はバルログの鞭で引き裂かれて盾が地面に落ちた。そして市壁の残骸から火竜がやってきた。エクセリオンはトゥオルを頼り、トゥオルは彼を見捨てなかって。彼らを踏みつぶそうとした獣の足が真上に迫り、彼らは圧倒されようとした:その時トゥオルの一撃が化け物の足を斬り裂いた。蛇は咆哮を上げると炎を噴き出し尻尾を打ち叩いた;多数のオークとノルドリがその下敷きとなって死んだ。トゥオルは力を振り絞ってエクセリオンを持ち上げると、竜の惨劇を生き延びた者をかき集めて撤退した;しかし獣がもたらした死は膨大であり、ゴンドリンの民を震撼させた。

109

 かくしてペレグの息子トゥオルは、敵を前にして堂々と戦い、道を切り開いて“噴水”家のエクセリオンを救い出したが、竜と敵勢は都の北半分を蹂躙するに至った。そして略奪隊が街路を捜索し、老若男女問わず闇の中で奪い、殺した。そして機会を得られる限り、市民は“鉄の竜”の中に設けられた鉄の檻に拘束され、メルコの奴隷とするため攫われていった。

110

 さて、トゥオルが北側から“民の井戸”広場に入ると、ガルドルが西のインウェイ門でゴブリンの大群と奮戦していた。彼に従っているのは少数の“木”家の郎党だけだった。そこでガルドルがトゥオルの救いとなった。彼は暗闇の中でエクセリオン諸共倒れ込んでしまったため、彼の郎党がいなければ棍棒を握ったオークの闘士に討ち取られていたからだ。

111

 そこには“翼”家、“木”家、“噴水”家、“燕”家、“弧”家の残兵がいたため、合流させて大隊の体裁を整えた。トゥオルの提案により、彼らは“井戸の広場”より防御に適した次の階層にある“王の広場”に移動した。ここにはとても深く、清らかな水をたたえる井戸があり、その周囲には樫やポプラといった美しい木々がたくさん植わっていた;しかしここ数時間の醜悪なるメルコの民の暴虐により、水は彼らの死体で汚染されていた。

112

 このようにして、トゥルゴン宮殿の広場に、最後の偉丈夫たちによる守備隊が集結した。彼らの中には負傷者や人事不省な者も多く、未だ気絶したままのエクセリオンを夜を徹して運び続けたトゥオルは疲労困憊していた。彼が大隊を率いて北西のアーチ道から広場に入ったところ(彼らは背後の隠れた敵を阻止するため遅れていた)、広場の東側から歓声が上がった! グロルフィンデルが“金華”家の最後の郎党と共に撤退してきたのだ。

113

 さきほどまで都の東にある大市場では恐ろしいまでの衝突が生じていた。彼らが門の戦いに加勢しようと迂回路を進んでいたところ、バルログに率いられたオークの軍勢と鉢合わせしたのだ。彼らは敵の左側面に不意打ちした形であったが、実のところ互いに奇襲し合ったようなものだった;彼らは何時間も激しい戦いを繰り広げたが、破孔から現れた火竜がすべてを圧倒した。そこでグロルフィンデルは進撃を断念し、ほとんどの郎党を引き連れて撤退した;しかし多様な工芸品の飾られていた大市場は灰燼と帰した。

114

 伝えられるところによると、トゥルゴンはグロルフィンデルからの火急の救援要請に対して“竪琴”家の郎党を支援に向かわせる命令を出したが、サルガントがそれに反した。彼は郎党に南の小市場への駐屯を命じ、彼らはそこで手をこまねいていた。しかしながら、彼らはサルガントの足止めを無視して王の広間に参集した;それは非常に時宜を得たものだった。なぜなら敵の勝利の圧力がグロルフィンデルの足元にまで迫っていたからだ。“竪琴”家の郎党は主君の臆病を償って自発的に推参し、敵を市場に追い返し、主君の無きままに憤怒の果てに下命を遂行したのだった。蛇の息吹を前にして、彼らの多くが炎に閉じ込められたが、彼らは満足して斃れた。

115

 トゥオルは大噴水の水を飲んで活力を取り戻した。そしてエクセリオンの兜を緩めて彼にも飲ませ、彼の顔に水をはねかけると彼は目を覚ました。トゥオルとグロルフィンデルの両公は広場を掃討し、すべての郎党を内部に配置し、南側を除いた出入口を障壁で封じた。その時エガルモスがやって来た。彼は外壁の防衛を担当していた;しかし胸壁からの射撃よりも街路での白兵戦が求められていると判断してからは、彼は“弧”家と“燕”家を召集すると弓をうち捨てた。それから彼らは市街を捜索し、敵集団に遭遇する毎に痛撃を与えた。彼は多くの捕虜を救い出し、残兵や敗兵を吸収しつつ、激しい戦いを潜り抜けて“王の広場”に撤退してきたのだ;彼は非常に歓迎された。皆、彼がすでに死んだいると恐れていたからだ。エガルモスが救出した女性や子供たちは“王の広間”に集められた。そして家格に応じた最後の準備が行われた。生存者には“怒りの鎚”を除いた様々な高家の者が少数ずつ含まれていた;ただ王家に配された者だけは無傷のままだったが、これは恥ずべきことではなかった。なぜなら彼らの役目は最後までここに踏み止まり、王を守ることにあるからだ。

116

 やがてメルコに従う者たちは軍勢を再編すると、7体の火竜にバルログを乗せてオークを伴わせ、“王の広場”目指して、北、東、西から大路を進ませた。やがて各防壁が修羅場と化した。エガルモスとトゥオルは持ち場に向かったが、エクセリオンは噴水の傍らに横たわっていた;この防衛戦は今に伝わるすべての詩歌と物語で最も激しいものとして伝えられている。そしてついに竜が北部の防壁を破った。かつては逍遥と観賞に適した“薔薇の小道”があったそこは煤けた轟音の巷と化した。

117

 トゥオルは獣の進路を阻もうとしたがエガルモスと引き離され、噴水のある広場の中央付近まで押し戻された。そこで彼は噎せ返るような熱気と衝撃に倒された。そこには大いなる悪鬼、メルコの息子、大バルログのゴスモグがいた。しかし、その時である! エクセリオンが立ち上がった。その顔は灰色の鋼のように蒼白で、盾持つ腕は力なく垂れ下がり、満身創痍の有様だったが、彼を守るべく立ち塞がったのだ;ノームは悪鬼に向かった。何者も彼を斃すことはできなかった。とは言え彼の剣持つ腕は傷ついており武器が落ちた。ゴスモグが鞭を振りかざすと、最優のノルドリたる“噴水公”エクセリオンは跳び掛かった。彼は兜の大釘を悪しき怪物の胸に突き立て、両足で相手の大腿に組みついた;バルログは絶叫して前のめりに倒れた;両者は“王の噴水”の溜池の深みに沈んでいった。そこで化け物は己の滅びを悟った;エクセリオンも共に鋼の重石の如く沈んだ。こうして“噴水公”は、冷たい水底での激闘の後、死んだ。
 

 

118

 トゥオルはエクセリオンの猛攻により生じた隙を使って立ち上がった。偉業を目の当たりにした彼は、“噴水”家の輝かしいノームへの愛ゆえに泣いたが、宮殿周りの戦いの渦中にいた彼は道を切り開いて駆け寄ることができなかった。軍団司令であるゴスモグの破滅に怯えた敵は混乱の最中にあったため、時宜を得た王は王家の軍勢と共に出陣して楔を打ち込むと再び広場を掌握した。彼らはバルログを40体近く滅ぼす大戦果を挙げた;彼らの偉業はそれだけではなかった。彼らは炎をまき散らす火竜を取り囲むと、噴水に押し込んで殺したのだ。そのため清らかな水は尽き果てた;溜池は蒸気と化して干上がり、天に向けて水柱が立つことは無くなった。そして空に向かって巨大な蒸気の柱が立つと、そこから生じた雲が全土を覆った。

119

 その後、広場は非常に熱い靄と視界を奪う霧で満たされ、噴水の辿った悲運がもたらす恐怖が皆の心に影を落とした。高家の人々の多くは熱と敵と大蛇と諸々によって戦死していた;しかしながら王は壮健だった。そこでグリンゴルとバンシル *1 の下で会合が開かれた。

120

 その時、王が口にした:「斯くて、偉大なるゴンドリン、陥落せり。」人々は戦慄した。それはかつての偉大なる予言者アムノンの言葉だったからである。しかしトゥオルが王への慈悲と愛から泣きながら声を荒げて叫んだ。「ゴンドリンはまだ持ち堪えています。そしてウルモはその死を許さぬでしょう!」 彼らはその時、トゥオルは木のそばに、王は階段の上に立っていた。かつて彼らが語らったときトゥオルは“ウルモの託宣場”にいた。トゥルゴンは応えて言った。「悪はウルモが平原に咲かせた花を踏みしだき、火は彼の力を消し去った。見よ! 我がすべてを捧げた最愛の都にも、我が魂にも希望は残されていない。しかしノルドリの子は永遠に不滅だ」

121

 そこでゴンドリンの民は武器を打ち鳴らした。多くの者がすぐそばにいたからである。しかしトゥルゴンは言った:「子らよ、宿命と戦うことはできぬ! 安全に落ち延びる道を探すのだ。もはや時間は少ない:トゥオルがそなたたちを導くだろう」 しかしトゥオルは言い募った:「王はあなた様です」;トゥルゴンは答えた:「私はこれ以上戦わぬ」 彼は王冠を外すとグリンゴルの根元に放り出した。そばにいたガルドルが駆け寄って拾い上げたが、トゥルゴンはそれを受け取らず、無冠のままに宮殿に戻ると近くにある白の塔の頂点に登った。彼は山々に響き渡る角笛のような大声で叫んだ。それは木の周囲に集った者たちだけでなく、広場の霧を包囲する敵にも聞こえた:「ノルドリに偉大なる勝利を!」 これは夜中の出来事だった。オークたちから嘲笑が聞こえた。

122

 人々は今後の方針について話し合ったが、主に2つの意見に分かれた。多くの者は攻囲を突破することは不可能であり、ましてや平原や丘陵地帯を通り抜けるのも至難の業であるとして、王と共に討ち死にすることが良案であると考えた。しかしトゥオルは、かほどに多くの見目麗しき女性と子供たちが、最後の手段として同族の手にかかるのか、それとも敵の武器にかかるのかはともかくとして、死を迎えるのは良いことではないと考えた。そこで彼は彼が探窟した秘密の通路について打ち明けた。そして彼はトゥルゴンの下に赴くと、意志を曲げて彼らと合流し、遺民を率いて通路を通り抜け、南壁を目指して欲しいと懇願した;しかし彼自身はイドリルとエーレンデルがどうしているのか知りたいという焦燥を感じていた。ゴンドリンが略奪される前に伝令を飛ばし、速やかに退去するよう伝えたかった。諸侯はトゥオルの計画を無鉄砲なものと感じていた - 狭い通路を大集団が通過しなくてはならないからだ - しかしながら、彼らは快く困難に立ち向かうことにした。しかしトゥルゴンは耳を傾けなかった。彼は手遅れになる前に出発するよう命じた。「トゥオルに従うのだ」彼は言った。「そなたが導き、そなたが率いるのだ。しかし私は、トゥルゴンは、愛する都に残り、共に焼かれよう」再び使者が塔に向かい、伝えた:「陛下、あなた様が倒れられたら、ゴンドリンの民はどうすればよいのでしょう? 我らを導いてください!」しかし彼は言った:「ならぬ! 私はここに残る」;三度目において彼は彼は言った:「もし私を王と認めるのであれば、議論をするのではなく、我が命に従うがよい」以降、彼らは使者を送り出すことはせず、絶望的な計画に向けて準備を始めた。しかし王家に属する民はあくまでも動かなかった。そして王の塔の周囲を厳重に固めた。「ここに残りましょう」彼らは言った。「トゥルゴン様が動かれぬのであれば、我らもここに留まります」;彼らを翻意させるのは無理な話だった。

123

 今トゥオルは王に対する敬愛とイドリルや我が子への愛情の間に引き裂かれ、心臓が破裂しそうだった;だが“蛇”どもは広場を蹂躙するため死者や死に行く者を踏み躙って蠢動しており、敵は霧の中で最後の総攻撃に備えて集結しつつあった;決断しなくてはならなかった。大宮殿の広間に響く女性陣の泣き声を聞くうちに、彼の心中にはゴンドリンの民に対する慈悲と哀惜の心が強まった。彼は負傷兵、淑女、母子らを集めると、それらを中心に彼の郎党たちを周囲に配した。彼自身は殿の側面に就いた。彼は南方への撤退戦で可能な限り後衛と共に戦うつもりだった;彼はできる事なら、敵が大軍を追撃に送り出す前に、“壮麗街”を“諸神との場所”に向かおうとした。彼は“水道道”を通って“南の噴水”を抜け、外壁沿いにある自宅に向かうつもりだった;しかし秘密の通路を通過できるかは未知数だった。彼の行動を見張っていた敵は直ちに彼のいた左翼と後方を襲撃した - 東側と北側が撤退を開始した;彼の右翼は“王の広間”に守られていたため、先頭は無事に“壮麗街”に入ることができた。

124

 その時、巨大な竜たちの凝視が霧の中から接近してきた。彼が一行に走るように指示すると同時に突発的な戦いが始まった;グロルフィンデルが男らしく殿を受け持ったが、“金華”家の郎党が多く斃れた。そうして彼らは“壮麗街”を抜けるとガル・アイニオン、“諸神との場所”にたどり着いた;ここは都の中央部でも標高の高い土地で、非常に開けた場所だった。ここでトゥオルは邪悪に抵抗する者がいないかと見やったが、それはあまりに少なく、彼の希望は潰えかけた;しかしよく見ると、敵は目に見えて浮足立っており、あまりにも奇妙な光景に見えた。トゥオルが“婚礼の場所”に到着すると、見よ! 目の前にイドリルがいるではないか。彼女の髪は未婚の時のように風になびいていた;彼は驚嘆した。彼女のそばにはヴォロンウェイだけが控えていた。しかしイドリルはトゥオルを見ていなかった。彼女の視線はやや下方に位置する、彼方の王宮に釘付けされていた。やがて皆は足を止めて背後を振り返り、彼女が見つめるものを見て心臓が止まる思いをした;彼らはなぜ敵の関心が薄かったのか、なぜ助かったのかの理由を見た。見よ! 1匹の竜が宮殿の外階段に巻き付いて白き壁を汚していた;オークの大群が略奪に勤しみ、忘れられていた婦女子を引きずり出し、また戦い続ける男たちを殺していた。グリンゴルは根から倒され、バンシルは黒く汚され、王の塔は包囲されていた。その頂上に王の姿が見えたが、基部は“鉄の蛇”が吐き出す炎に囲まれ、尾が激しく打ち付けられていた。周囲はバルログが包囲していた;そして王家に連なる者たちはとてつもない苦境に立たされており、その苦痛の悲鳴が見守る者たちのところまで響いた。トゥルゴンの広間の略奪と王家の最後の抵抗が敵の気を惹いていたのだ。そのおかげでトゥオルと一行は、いま“諸神との場所”で涙を流すことができたのだった。

125

 やがてイドリルが口を開いた:「お父様が今まさに塔の頂で滅びを待っている事が私には悲しい;でも、我が君がメルコの前に屈し、二度と我が家に戻らないことがその7倍も悲しいのです!」 - 彼女はその夜に立て続けに起きた心痛のため取り乱しているようだった。

126

 そこでトゥオルが声を掛けた:「おお! イドリルよ、私はここだ。私は生きているぞ;今から戻って、そなたの父上をメルコの地獄から連れ出そう!」彼は悲嘆に暮れる妻の姿を目にすると激情し、ひとりで丘を駆け下ろうとした;しかし彼女は嘆きの嵐の中から理性を取り戻し、彼の膝にすがって言った:「我が君! 我が君!」彼の足が止まった。ようやく彼らは話をすることができたが、大音響と悲鳴が苦痛の場から響いてきた。見ると、ついに竜が基部とそこにいたすべてを押しつぶしたため、炎の中で塔が砕け散って火の海の中に崩れ落ちたのだ。恐るべき崩落音が鳴り響き、ゴンドリンの民の王トゥルゴンは往った。この瞬間、メルコの勝利が確定した。

127

 イドリルが重々しく言った:「哀しむべきは、叡智の目が曇った事ですね」;そしてトゥオルが応えた:「哀しむべきは、我等の愛する者の頑迷さだ - 勇猛も欠点となるのだ」。彼は身をかがめると彼女を持ち上げて口付けした。彼にとってはすべてのゴンドリンの民よりも彼女が大切だった;しかし彼女は父を想って泣いた。やがてトゥオルは指揮官たちに向き直ると言った:「そうだ、我らは急がねばならぬ。包囲が閉じぬうちにな」;そして彼らは、トゥルゴンの塔の崩落に歓喜したオークが宮殿の略奪に飽きる前に、可能な限りの速さで進んだ。

128

 今や彼らは都の南部に到達した。幾度か略奪者の一隊に遭遇したが、それらはたちまちに逃げ散った;しかし彼らが目にしたのは火と、無慈悲な敵が焼き払った一切合切だった。彼らは赤子を抱える女性や積み上げた家財を伴う者と合流したが、トゥオルはわずかな食糧以外を携えることを禁じた。やがて静寂が訪れると、トゥオルはイドリルが茫然自失の体であったため、ヴォロンウェイに事情を尋ねた;ヴォロンウェイは、彼女は高まる戦いの轟きに心削られながら自宅の扉の前で待ち続けたと告げた;そしてイドリルはトゥオルからの応えが来ないことを悲しんだ。やがて彼女は引き裂かれるような深い悲嘆を感じながら、エーレンデルに強い言葉で命じると、護衛の大半を就けさせて秘密の通路を下らせた。彼女自身は留まると宣言した。彼女は夫君を失った後の人生を望まなかったからだ;そして彼女は集まって来た女性と漂泊者たちをまとめると、急ぎ坑道に送り出し、彼女自身は小戦隊を率いて略奪者たちを討つため出陣した;誰も彼女の帯剣を止めることができる者はいなかった。

129

 ほどなく小戦隊は手に余る敵軍とぶつかることになり、ヴォロンウェイは諸神の幸運に導かれ彼女を引き離すことに成功したが、小戦隊は全滅し、トゥオルの家は焼かれた;それでも秘密の坑道は見つからなかった。「そのためか」ヴォロンウェイが言った。「奥方は疲労と悲嘆で取り乱すと、恐れていたとおり一目散に都に向かって飛び出されたのです。私にできる事は彼女が炎に飛び込む前に捕まえる事だけでした」。

130

 そうこう話をしているうちに、彼らは南外壁沿いのトゥオルの家の傍らに到着した。すると見よ! そこは既に燻ぶる廃墟となっていた;それを見たトゥオルは激怒した。しかし彼方からオークたちの騒音が近寄ってきたので、トゥオルは一行を率いて急いで瓦礫を片付け、秘密の坑道を下る準備を始めた。

131

 今、ゴンドリンに別れを告げる亡命者たちは階段の入口を悲しみと共に潜った;彼らは丘陵地帯を乗り越えて生き延びることができる希望を持っていなかった。どのようにしたらメルコの手をすり抜けることができるのだろうか?

132

 トゥオルは全員が入口を潜れたことを喜び、恐れが和らいだ;実際のところオークの監視を退けてすべての民が通過できたのはヴァラルの授けた幸運のおかげだった。ここで数人が残り、武器を脇に置いてつるはしを掴むと、追いすがる敵を妨害すべく坑道の入口を塞ぐため働いた;やがて人々が渓谷に向かう階段を下るにつれ、都を徘徊する火竜による熱が苦痛になってきた;この付近の探窟深度はさほど深くに達しておらず、やつらとの距離はさほど隔たっていなかったのだ。大地が揺らぎ、巨礫が崩れ落ち、大勢を薙ぎ倒した。坑道にガスが流れてきたため、松明や提灯は消された。ここで彼らは先行していた人々の遺体に足を取られ、トゥオルはこにエーレンデルが含まれていないかと恐れた;それでも彼らは闇と苦痛の中を進んだ。彼らはほぼ2時間、終わりの見えない、壁も脇も掘り崩したままの坑道を出口に向かった。

133

 そうして彼らは大きく数を減らしつつも、ついに坑道の出口にたどり着いた。そこはかつて水を湛えた大きな溜池に偽装していたが、現在は密生した茂みと化していた。そこには決して少なくない諸家の民が集まっていた。彼らはイドリルとヴォロンウェイが事前に隠し通路に送り出した者たちで、疲労と悲嘆から静かに涙を流していた。そしてここにもエーレンデルの姿はなかった。そのためトゥオルとイドリルの心は苦悶に満たされた。そこに集う他の者たちも悲嘆に包まれていた。一行のいる平原のただ中からは、彼方に故郷たる煌めく都がある、炎に縁どられたアモン・グワレスの丘がうっすらと見えたからである。火竜が徘徊し、“鉄”の怪物が門を出入りし、バルログやオークが略奪に勤しんでいた。それでもこれは指導者たちにとって幾ばくかの慰めとなった。平原にメルコの民がほとんどいないと予想できたからだ。悪しき者たちはいま都の破壊行為に熱中している。

134

 「今のうちだ」ガルドルが言った。「我々は夜明け前に環状山脈にたどり着かねばならないが、時間的余裕がない。夏が近いからな」。しかし異論が唱えられた。少なくない民がトゥオルの主張どおりにクリスソルンに向かうのは愚かだと主張したのだ。「太陽は」彼らは言う。「我々が丘陵地帯に到達する前に昇るだろう。それでは平原のただなかで竜や悪鬼に圧倒されてしまう。それよりはバド・ウスウェン、脱出路に向かおう。そこなら行程は半分だし、我々のように疲れ、我々のように傷ついていても、これ以上はないほど成し遂げる望みがある」

135

 Yet Idril spake against this, and persuaded the lords that they trust not to the magic of that way that had aforetime shielded it from discovery: "for what magic stands if Gondolin be fallen?" Nonetheless a large body of men and women sundered from Tuor and fared to Bad Uthwen, and there into the jaws of a monster who by the guile of Melko at Meglin's rede sat at the outer issue that none came through. But the others, led by one Legolas Greenleaf of the house of the Tree, who knew all that plain by day or by dark, and was night-sighted, made much speed over the vale for all their weariness, and halted only after a great march. Then was all the Earth spread with the grey light of that sad dawn which looked no more on the beauty of Gondolin; but the plain was full of mists - and that was a marvel, for no mist or fog came there ever before, and this perchance had to do with the doom of the fountain of the king. Again they rose, and covered by the vapours fared long past dawn in safety, till they were already too far away for any to descry them in those misty airs from the hill or from the ruined walls.

136

 Now the Mountains or rather their lowest hills were on that side seven leagues save a mile from Gondolin, and Cristhorn the Cleft of Eagles two leagues of upward going from the beginning of the Mountains, for it was at a great height; wherefore they had yet two leagues and part of a third to traverse amid the spurs and foothills, and they were very weary.~ By now the sun hung well above a saddle in the eastern hills, and she was very red and great; and the mists nigh them were lifted, but the ruins of Gondolin were utterly hidden as in a cloud. Behold then at the clearing of the airs they saw, but a few furlongs off, a knot of men that fled on foot, and these were pursued by a strange cavalry, for on great wolves rode Orcs, as they thought, brandishing spears. Then said Tuor: "Lo! there is Earendel my son; behold, his face shineth as a star in the waste,~ and my men of the Wing are about him, and they are in sore straits." Forthwith he chose fifty of the men that were least weary, and leaving the main company to follow he fared over the plain with that troop as swiftly as they had strength left. Coming now to carry of voice Tuor shouted to the men about Earendel to stand and flee not, for the wolfriders were scattering them and slaying them piecemeal, and the child was upon the shoulders of one Hendor, a house-carle of Idril's, and he seemed like to be left with his burden. Then they stood back to back and Hendor and Earendel amidmost; but Tuor soon came up, though all his troop were breathless.

137

  Of the wolfriders there were a score, and of the men that were about Earendel but six living; therefore had Tuor opened his men into a crescent of but one rank, and hoped so to envelop the riders, lest any escaping bring tidings to the main foe and draw ruin upon the exiles. In this he succeeded, so that only two escaped, and therewithal wounded and without their beasts, wherefore were their tidings brought too late to the city.

138

 Glad was Earendel to greet Tuor, and Tuor most fain of his child; but said Earendel: "I am thirsty, father, for I have run far - nor had Hendor need to bear me." Thereto his father said nought, having no water, and thinking of the need of all that company that he guided; but Earendel said again: "'Twas good to see Meglin die so, for he would set arms about my mother -- and I liked him not; but I would travel in no tunnels for all Melko's wolfriders." Then Tuor smiled and set him upon his shoulders. Soon after this the main company came up, and Tuor gave Earendel to his mother who was in a great joy; but Earendel would not be borne in her arms, for he said: "Mother Idril, thou art weary, and warriors in mail ride not among the Gondothlim, save it be old Salgant!" and his mother laughed amid her sorrow; but Earendel said: "Nay, where is Salgant?" - for Salgant had told him quaint tales or played drolleries with him at times, and Earendel had much laughter of the old Gnome in those days when he came many a day to the house of Tuor, loving the good wine and fair repast he there received. But none could say where Salgant was, nor can they now. Mayhap he was whelmed by fire upon his bed; yet some have it that he was taken captive to the halls of Melko and made his buffoon - and this is an ill fate for a noble of the good race of the Gnomes. Then was Earendel sad at that, and walked beside his mother in silence.

139

 Now came they to the foothills and it was full morning but still grey, and there nigh to the beginning of the upward road folk stretched them and rested in a little dale fringed with trees and with hazel-bushes, and many slept despite their peril, for they were utterly spent. Yet Tuor set a strict watch, and himself slept not. Here they made one meal of scanty food and broken meats; and Earendel quenched his thirst and played beside a little brook. Then said he to his mother: "Mother Idril, I would we had good Ecthelion of the Fountain here to play to me on his flute, or make me willow-whistles! Perchance he has gone on ahead?" But Idril said nay, and told what she had heard of his end. Then said Earendel that he cared not ever to see the streets of Gondolin again, and he wept bitterly; but Tuor said that he would not again see those streets, "for Gondolin is no more".

140

 Thereafter nigh to the hour of sundown behind the hills Tuor bade the company arise, and they pressed on by rugged paths. Soon now the grass faded and gave way to mossy stones, and trees fell away, and even the pines and firs grew sparse. About the set of the sun the way so wound behind a shoulder of the hilIs that they might not again look toward Gondolin. There all that company turned, and lo! the plain is clear and smiling in the last light as of old; but afar off as they gazed a great flare shot up against the darkened north - and that was the fall of the last tower of Gondolin, even that which had stood hard by the southern gate, and whose shadow fell oft across the walls of Tuor's house. Then sank the sun, and they saw Gondolin no more.

141

 Now the pass of Cristhorn, that is the Eagles' Cleft, is one of dangerous going, and that host had not ventured it by dark, lanternless and without torches, and very weary and cumbered with women and children and sick and stricken men, had it not been for their great fear of Melko's scouts, for it was a great company and might not fare very secretly. Darkness gathered rapidly as they approached that high place, and they must string out into a long and straggling line. Galdor and a band of men spear-armed went ahead, and Legolas was with them, whose eyes were like cats' for the dark, yet could they see further. Thereafter followed the least weary of the women supporting the sick and the wounded that could go on foot. Idril was with these, and Earendel who bore up well, but Tuor was in the midmost behind them with all his men of the Wing, and they bare some who were grievously hurt, and Egalmoth was with him, but he had got a hurt in that sally from the square. Behind again came many women with babes, and girls, and lamed men, yet was the going slow enough for them. At the rearmost went the largest band of men battle-whole, and there was Glorfindel of the golden hair.

142

 Thus were they come to Cristhorn, which is an ill place by reason of its height, for this is so great that spring nor summer come ever there, and it is very cold. Indeed while the valley dances in the sun, there all the year snow dwells in those bleak places, and even as they came there the wind howled, coming from the north behind them, and it bit sorely. Snow fell and whirled in wind-eddies and got into their eyes, and this was not good, for there the path is narrow, and of the right or westerly hand a sheer wall rises nigh seven chains from the way, ere it bursts atop into jagged pinnacles where are many eyries. There dwells Thorndor King of Eagles, Lord of the Thornhoth, whom the Eldar named Sorontur. But of the other hand is a fall not right sheer yet dreadly steep, and it has long teeth of rock up-pointing so that one may climb down - or fall maybe - but by no means up. And from that deep is no escape at either end any more than by the sides, and Thorn Sir runs at bottom. He falls therein from the south over a great precipice but with a slender water, for he is a thin stream in those heights, and he issues to the north after flowing but a rocky-mile above ground down a narrow passage that goes into the mountain, and scarce a fish could squeeze through with him.

143

 ガルドルと郎党はソルン・シル(Thorn Sir、“鷲の流れ”の意)が奈落に流れ落ちる場所に到達したが、トゥオルの努力にも関わらず他の者は遅れていた。そこで深い亀裂と断崖の間を通る危険な隘路の数マイル手前で待機していると、最初にグロルフィンデルと郎党が到着した。荒涼とした地域を夜の帳が覆った頃、辺りに叫び声が反響した。見るとガルドルの郎党が、レゴラスの鋭き眼からも隠れていた、岩陰に潜む何者かに襲われたのだ。トゥオルたちはメルコの捜索隊と予想した。彼は暗闇が鋭い藪以上のものを隠していると感じた。そこで彼は郎党に命じて女性や負傷者をガルドルの郎党に合流させた。そして危険な隘路での小競り合いが起きた。すべてが悪化していた。落石が起きて負傷者が出た;しかしトゥオルは後方から聞こえる乱闘の音が本当の問題であると感じていた。後方からの伝令を務める“燕”の郎党が、バルログが襲来しグロルフィンデルが負傷したと伝えた。

144

 さらに彼は罠を恐れていた。それは既にいくつか見つかっていた;環状丘陵全体はメルコの番人によって監視されていたからだ。しかしゴンドリン奪取に専念したためか警戒は薄く、ここ南部ではそれが顕著であった。それにも関わらず、ハシバミの谷を登りにかかった途端、そのような一隊に遭遇した。付近には部隊がいるようで、クリスソルンの危険な隘路において逃亡者たちを亡き者にしようと集結しつつあった。ガルドルとグロルフィンデルは奇襲を慌てることなく撃退し、大量のオークが奈落へと消えた;しかし落石はゴンドリンの廃墟を脱した彼らの勇気を挫きつつあった。数時間の後、隘路の上に月が昇ると暗所に青白い光が到達し、暗がりが和らいだ;それでも隘路の両側は背よりも高い壁であった。そこにソルンドル、メルコになびかない“鷲族の王”がいた。メルコは鷲たちが飛翔に使う“魔法の言葉”を奪うため、彼の同族を多数捕らえて鋭い岩に縛鎖で繋いでいた(メルコはマンウェイと大空で戦うことを想定していた);そして彼らは答えなかったため、翼を断たれた。メルコは自身が使う強力な翼を作ろうとしていたが奏効しなかった。

145

 山道からの喧騒が彼の高巣にまで響いた時、彼は言った:「なぜ、穢れし丘に住むオークが我が玉座に近づくか;なぜ、忌むべきメルコの子の恐怖に、ノルドリの息子たちは地溝で叫ぶのか? ソルンホスよ舞い上がれ。鋼の嘴と剣のような鉤爪を見せてやれ!」

146

 突然、岩がちの場所をソルンホス、つまり鷲の一族による突風のような羽ばたきが襲った。それらは山道をよじ登っていたオークを打ち、顔や手を引き裂いてソルン・シルの遥か下方の岩に投げつけた。ゴンドリンの民は喜んだ。彼らはその後も鷲を見かけると親愛の情を示す印を送った。イドリルは殊の外喜んだが、エーレンデルはどちらかと言えば父親の白鳥の翼が好きだった。ガルドルの郎党は邪魔されることなく敵を追い散らした。その数は少なく、ソルンホスの襲撃が恐慌を引き起こしたからだ;そうして仲間たちは再び前進したが、グロルフィンデルは後方で戦っていた。ソルン・シルの滝周辺の危険な隘路を半ば通過した頃、殿と戦っていたバルログが、大力を生かして亀裂の縁、隘路の左にある高い岩に跳び乗った。そしてグロルフィンデルの郎党を無視すると、女性や傷病者の隊列に飛び込んで炎の鞭を打ち付けた。グロルフィンデルがその前面に跳んだ。彼の黄金の鎧が月明りを浴びて煌びやかに光った。彼は悪鬼に斬り付けたが、それはグロルフィンデルの背後の巨礫に飛び移った。今、人々の頭上の岩の上では死闘が繰り広げられていた。押しつ押されつ丁々発止する姿を一同は目にし、最終的にグロルフィンデルの郎党が彼の脇を固めるまで続いた。グロルフィンデルの覇気はバルログを一所に留めず、彼の鎧は鞭や鉤爪を受け流した。敵が彼の鉄の兜を激しく打撃した時、彼は化け物の鞭持つ腕を肘から切り飛ばした。バルログは自身に痛みと恐怖に満ちた苦痛を与えたグロルフィンデルに蛇の如く素早く飛び掛かった;それは彼の肩をつかむと引き倒し、両者は険しい岩山の天辺に倒れた。グロルフィンデルは左手で短剣をまさぐると、面前にあるバルログの腹部を刺し貫いた(悪鬼の身長は彼の倍近くあった);それは金切り声を上げると後ろ向きに岩から転げ落ちたが、被帽に包まれたグロルフィンデルの黄色い髪をつかんだので、両者は共に奈落に落ちた。
 

炎の転校生 第七巻より
 

147

 これは極めて悲痛な出来事だった。グロルフィンデルは多くの者に心から愛されていたからだ - やがて衝突音がソルン・シルの底から響いた。バルログの断末魔の叫びがオークを惑わせ、それらは殺されるか遥か彼方に逃げ出した。猛き鳥であるソルンドルは、自ら奈落の底に舞い降りると、グロルフィンデルの亡骸を引き上げた;バルログの死骸は置き残され、トゥムラデンに注ぐソルン・シルの流れは一日中黒く濁った。

148

 エルダルは今日でも、怒涛の如き悪に対して善戦する姿を見ると「ああ! まさにグロルフィンデルとバルログだ」と嘆息する。彼らは素晴らしきノルドリを今でも悼んでいる。彼らは愛するがゆえに、新たなる敵が到来する可能性と恐怖にもかかわらず、“鷲の流れ”の隘路の脇にグロルフィンデルを葬る巨大な石塚を築ことを嘆願し、トゥオルは許可を与えた。そしてソルンドルがその地を守った。今日でも、この荒涼とした塚の周囲には不似合いな黄色い花が咲いている。そして“金華”家の郎党は塚を前に涙を流し続けた。

*1:王宮に設えられたラウレリンとテルペリオンを模した実物大模型